<判例> 違法な財務会計上の行為により発生する請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求の請求期間について、請求権が発生し、行使することができるようになった日を基準とすべきとした事例

最高裁判所平成9年1月28日判決

怠る事実と住民監査請求の請求期間に関して、特定の財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とするときは(いわゆる不真正怠る事実)、当該監査請求は、当該財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として、地方自治法242条2項の規定を適用すべきとするのが判例です(昭和62年2月20日最判)。
たとえば、違法な公金の支出をした市長や市の職員に対する損害賠償請求権を行使しないことを財産の管理を怠る事実とする住民監査請求について考えると、公金の支出を監査請求の対象とすると1年の期間制限にかかるのに、怠る事実として構成することで、いつまでも期間制限にかからないというのは、法的安定性を考慮した法242条2項の趣旨に反するものです。そこで、このような場合には、公金の支出があったときから1年の出訴期間が起算されることを示したのが、この昭和62年最判です。

しかしながら、この立論は、当該財務会計上の行為のあったときに、実体法上の請求権が直ちに発生していることを前提としたものであり、そうでない場合には、妥当しません。
本判決は、このような考え方に基づいて、昭和62年最判の例外として、期間制限の起算点を遅らせることのできる場合の要件を明らかにし、具体的にも例外に当たる場合を示したものとして、重要な判例です。

本判決の示した要件は次のようなものです。
「請求権が右財務会計上の行為のされた時点においては未だ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として同項の規定を適用すべきものと解するのが相当である」。
本判決の事案を単純化して整理すると、市が転売禁止特約付きで取得した不動産を、同特約に反して転売してしまった為、売主から特約違反を理由に契約を解除され、違約金の支払いを請求され、訴訟提起を受け、和解に基づいて和解金の支払いをしたという事案です。
 本判決は、このような事案について、市が違約金債務の負担をしたことを否定して訴訟で争いながら、他方で、違約金債務を負担したことを理由として長に対して損害賠償請求をすることはできない立場にあったと評価し、和解金の支払義務の確定した和解日を基準として法242条2項を適用すべきものとしたのでした。

ところで、「実体法上の請求権が発生した」時点というのは、明確ですが、「行使することができるようになった日」というのは、些か不明確です。本判決の判例解説においても、「行使することが事実上困難であるというだけでは足りないというべきであり、本判決の法理を安易に拡張して適用すべきではない」との解説がなされています(最高裁判所判例解説平成9年民事編[8])が、本判決の事案は、行使することについて法律上の障害があったとまでいえるものではないので、どの程度の状況があれば、行使することができるようになったといえるのかが今後の問題です。
本判決以降の下級審判例の状況を見ると、本判決の法理に従って、実体法上の請求権が発生した時点から出所期間の制限にかかるとしているものとしては、平成11年10月20日奈良地裁判決(談合による損害賠償請求権は請負代金の支払時に発生する)、平成22年8月30日東京高裁判決(違法な賃貸借契約が締結された場合の使用料相当の不当利得返還請求権は日々発生する)、平成26年10月27日熊本地裁判決(補助金は国からの交付金であるので補助金支出時には損害が発生していないが、国からの補助金返還命令を受けて返還をした時点で損害が発生する)などがありますが、請求権が発生しているのに、行使することができないということが認められた事例は見当たりませんでした。